自然分娩という言葉に惑わされている方に、11人の子供たちの母でもあった与謝野晶子(明治11年~昭和17年)の短歌を紹介します。
○その母の骨ことごとく砕かるる 呵責の中に健き児の啼く
○あはれなる半死の母と呼吸せざる児と横たはる
薄暗き床医療の手を離れた自然分娩がどの程度母子の安全性を保障するかは、過去のお産の歴史が証明しています。今日のよいお産とは、母体と胎児の絶えざる観察と評価のもとで、分娩中や産褥期の異常に対して適切な医学的対応ができ、母子ともに安全な出産をすることです。母子のストレスを最小限にするために、例えば、急遂分娩や帝王切開になったとしても、また、過度の痛みを取るために硬膜外麻酔による無痛分娩を行ったとしても、結果として母子にとって安全な分娩であれば、この分娩は「よいお産」であったといえるわけで、「よいお産」は自然経過の正常分娩だけを指すものではありません。
当院における誘発分娩は、社会的対応するものは少なく、ほとんどが医学的適応に基づいております。その方法は分娩準備時期には風船(メトロ)を用いた機械的方法を選択することが多く、子宮口開大後は主に破膜による方法を選択します。陣痛促進剤を医学的適応のない分娩に使用することはありません。
陣痛促進剤とは医学的には「子宮収縮剤」とよばれ、子宮の筋肉を収縮させて、陣痛を起こりやすくさせたり、促進させたりします。また、出産後の子宮からの出血を少なくします。当院では、出産後に子宮からの出血が多い時に「子宮収縮剤」として使用することがほとんどです。分娩時に「分娩促進剤」として使用することはほとんどないので、使用時には必ず説明します。薬にはオキシトシンとプロスタグランディンがあります。陣痛促進剤としてこの薬を使うことにより、まれに子宮の収縮が強くなりすぎて、お母さんや赤ちゃんが危険になることがあります。この薬を使用する場合は、赤ちゃんの心音や子宮収縮の状態をモニターするための分娩監視装置などを用いて、お母さんと赤ちゃんの状態を診ながら、安全性に十分配慮します。慎重な投与、厳重な分娩監視のもとでは、ほとんど問題はありませんが、非常にまれには、子宮収縮が強く現れ過ぎたり、そのため子宮や産道が裂けたり、強すぎる子宮の収縮により、赤ちゃんが低酸素状態になることがあります。どのような場合に使用するのかは、1.前期破水を起こしたが、陣痛が発来しない時、 2.お母さんに妊娠の異常(妊娠中毒症など)あるいは重症の合併症があり早めに出産した方がよい場合、3.子宮内の赤ちゃんの状態が良くない場合に早めに出産させた方がよい時、4.過期妊娠の場合、5.微弱陣痛の場合、その他妊娠を継続させることがお母さんや赤ちゃんに悪い影響を及ぼす恐れのある時に使用します。この薬を使っても出産が順調に進まない場合は、帝王切開が必要になることもあります。この薬を使っているときに、少しでもおかしいなと感じたら、すぐに医師、又は看護婦に知らせてください。直ちに適切な処置を講じます。
当院では里帰り出産も受付をしております。
「葉酸」とは胎児の神経管形成にとても重要な役割を果たす栄養素です。新生児の神経管欠損症とは、胎生3~4週に神経管が癒合しない場合に生じます。癒合しないと、脊髄が脊椎から飛び出す二分脊椎(にぶんせきつい)という障害が発生し、重度の場合は無脳症になる恐れもあります。厚生労働省では、妊娠を計画している女性に対して、妊娠1ヶ月以上前から妊娠3ヶ月まで食事からの摂取に加え、栄養補助食品などのいわゆる葉酸サプリメントを使い、1日400マイクログラムの摂取を推奨しています。
流産とは、児の体外生存が不可能な時期における妊娠の終結を意味しており、1993年より妊娠22週未満と定義されています。そして、妊娠12週未満の早期流産と12週以降の後期流産に分けられます。臨床的に診断された妊娠の約15%が自然流産に終わり、早期流産が13.3%、後期流産が1.6%といわれています。流産を連続して3回以上繰り返した場合には、習慣流産と呼びますが、連続2回流産する確率は2.3%、3回連続する確率は0.3%と計算されます。したがって、早期流産2回までであれば単に偶然が重なっただけと考えられますが、連続して3回以上繰り返した場合には、偶然だけでは説明できないので、何らかの原因があると思われます。なお、無治療の場合、流産2回後の妊娠の流産率は20~30%、流産3回後の流産率は40~60%です。
早期流産の最大の原因は胎児の染色体異常です。早期流産の胎児あるいは絨毛の染色体検査を行うと、その60~70%に染色体異常が認められます。しかし、妊娠初期には染色体分析が困難な場合も多く、染色体異常の頻度は実際にはさらに高い可能性があります。基本的には、胎児側因子による流産の予防法はないので、早期流産の9割程度が予防も治療も不可能と考えられます。染色体異常の発生率は加齢とともに増加するため、当然高齢になるほど流産率は増加します。なお、胎児の染色体異常と説明すると、患者さんは自分あるいは夫に染色体異常があるものと誤解することがあります。正常な全ての夫婦においても、相当数の胎児染色体異常が日常的に起こっており、その多くが流産として出生前に淘汰されることを意味しており、これが流産を考える上での重要な点です。他の原因については、ここでは省略します。
妊娠初期の出血は(1)正常妊娠の月経様出血、(2)切迫流産、(3)進行流産、(4)子宮外妊娠、(5)胞状奇胎などの可能性があります。痛みのない少量の出血でも、できるだけ早く受診し、医師の診断を受けてください。
切迫流産の治療は、まず安静です。安静は、自分でできる最大の治療であり、早く実行すれば、その効果も期待できます。
安静の程度は、(1)家事制限、(2)家事禁止、(3)絶対安静などですが、医師の指示に従ってください。
(1)家事制限
夫婦生活は禁止、外出もやめて家事も短時間(20分程度を数回)にとどめ、長時間かかるものは避けてください。入浴もシャワーにとどめ、長湯は避けましょう。腹痛や腰痛を感じたら、すぐに床につき、他の時間もできるだけ横になってください。
(2)家事禁止
夫婦生活や外出は禁止。体を拭くのはかまいませんが、入浴もできるだけ避けてください。家事はどなたかに手伝っていただき、症状の有無にかかわらず、できるだけ横になってください。
(3)絶対安静
トイレ、食事以外は、床の中で横になってすごしてください。体を拭くのも寝たままで、どなたかに頼み、常に安静を守ってください。
(通常この段階では、入院になります。)
妊娠12週以降の後期流産や早産では母体要因、とくに感染が原因となる頻度が高くなります。感染による流早産の進行機序として推測されているのは、細菌性膣症などの炎症性疾患のために膣の自浄作用が障害され、膣内常在菌を含む各種病原体による上行性感染が成立して絨毛膜羊膜炎や細菌の羊水内侵入がおこり、その結果炎症性の子宮収縮が誘発されて子宮口の開大や破水をきたすという経過です。血の混じる帯下や臭いが気になる粘液性の帯下は、感染が疑われますので、できるだけ早く医師の診断を受けてください。流早産の予防の点から考えると、従来安定期といわれていた妊娠12~32週までの期間こそ、妊娠健診が大切です。症状(上記の帯下・出血・頻回の腹緊・下腹痛ら)があるときの早期受診・早期治療が最も大切なのは言うまでもありません。
子宮頸管無力症の病態は不明ですが、陣痛様の子宮収縮を自覚することなく、子宮頸管内あるいは膣内に胎胞膨隆を認めるもので、その90%以上が妊娠 20~22週に発症します。子宮頸管無力症の予知は、経産の場合、既往妊娠分娩歴から可能ですが、初産の場合は、自覚症状がないので困難です。子宮頸管無力症には、できれば予防的に子宮頸管縫縮術(内子宮口の位置で頸管を縫縮する)を行います。
B群溶連菌(GBS)は、新生児の重症感染症の原因となる菌です。一般に病原性は弱く、新生児以外に感染症を起こすことは稀です。GBSは膣の中に常在できる菌の一つで、症状がなくても(特に妊娠中は)この菌が増えていることがあります。この菌による感染症を発症する赤ちゃんは1000人に1人くらいですが、いったん感染が起こると、敗血症や髄膜炎など重症になりやすい傾向があります。当院では妊娠32週以降にGBS感染のチェックをして、分娩時に感染が起こらないように予防しています。
胎盤はへその緒(臍帯)を通じて胎児に酸素と栄養を補給していますが、赤ちゃんが生まれると、自然に子宮から剥がれてきます。ところが常位胎盤早期剥離(早剥)という病気では、まだ赤ちゃんが子宮の中にいるのに、胎盤が子宮から剥がれてきます。早剥の定義は、「正常位置に付着している胎盤が、妊娠後半期または分娩経過中に、胎児娩出前に子宮壁から部分的または完全に剥離し、ときに重薦な臨床像を呈する症候群」と定義されています。この病気は軽症例も入れると、およそ200~300人の妊婦さんに1人ぐらいの割合で発症します。早い時期に見つかれば赤ちゃんもお母さんも助かりますが、発見時にすでに胎児が弱りきっていると、生まれても脳に障害が残ることがあります。さらに重症例では、発症直後に胎児死亡をきたし、子宮内大量出血のため母体はショック状態となり、母体の命まで奪う可能性があります。軽症例では、胎盤娩出後にはじめて診断される無症状のものもあります。自覚症状はまず腹痛ですが、強いこともあれば弱いこともあり、典型的には動けないぐらいの強い腹痛があり、お腹は板のように硬くなります。また切迫早産と類似した周期的子宮収縮、または不規則なさざなみ状収縮と外出血です。出血は多いこともあれば少ないこともあり、また全く無いこともあります。胎児が弱ってくると、胎動が減少または消失します。早剥の早期発見は、妊娠健診を受けていても予測できない病気なので、症状があったときすぐに診察を受けるしかありません。
妊娠時に高血圧を発症した場合、妊娠高血圧症候群といいます。妊娠20週以降に高血圧のみ発症する場合は妊娠高血圧症、高血圧と蛋白尿を認める場合は妊娠高血圧腎症と分類されます。収縮期血圧が140mmHg以上(重症では160 mmHg以上)、あるいは拡張期血圧が90mmHg以上(重症では110 mmHg以上)になった場合、高血圧が発症したといいます。尿中に蛋白が1日当たり0.3g以上出た場合(重症では2g以上)、蛋白尿を認めたといいます。
この病気は、妊婦さん約20人に1人の割合で起こります。早発型と呼ばれる妊娠34週未満で発症した場合、重症化しやすく注意が必要です。重症になるとお母さんには血圧上昇、蛋白尿に加えて、けいれん発作(子癇)、脳出血、肝臓や腎臓の機能障害、肝機能障害に溶血と血小板減少を伴うHELLP症候群などを引き起こすことがあります。また、赤ちゃんの発育が悪くなったり(胎児発育不全)、胎盤が子宮の壁からはがれて赤ちゃんに酸素が届かなくなり(常位胎盤早期剥離)、赤ちゃんの状態が悪くなり(胎児機能不全)、場合によっては赤ちゃんが亡くなってしまう(胎児死亡)ことがあるなど、妊娠高血圧症候群ではお母さんと赤ちゃん共に大変危険な状態となることがあります。
もともと糖尿病、高血圧、腎臓の病気などを持っている、肥満、母体の年齢が高い(40歳以上)、家族に高血圧の人がいる、双子などの多胎妊娠、初めてのお産(初産婦)、以前に妊娠高血圧症候群になったことがある妊婦さんはリスクが上がるので注意してください。
治療は、安静と入院が中心で、けいれん予防のためや重症の高血圧に対してお薬を用いることがありますが、根本的にこの病気を治す方法は知られていません。お母さんや赤ちゃんにとって妊娠を続けることが良くないと考えられた時には、たとえ赤ちゃんが早く生まれても妊娠を終わらせること、即ち出産が一番の治療であり、通常出産後はお母さんの症状は急速に良くなります。ただし重症化した人は、出産後も高血圧や蛋白尿が持続することがありフォローアップが大切です。この病気の予防方法などは未だ確立されたものはありません。健診をきちんと受診し適切な周産期管理を受けることが最も大切なことです。
当院では、院内感染の予防のため平成3年1月の開院当初よりナースキャップを廃止しています。本来髪の毛についたホコリやゴミの落下を予防して清潔を確保しているように思われるナースキャップが実は細菌の運び役であり、細菌の巣でもあることが注目されるようになりました。ナースキャップはしないほうが院内感染を予防出来ることが報告されています。患者さんからは、逆に不潔そうに見えるなどの御意見もあるでしょうが、職務中は髪の毛は清潔にまとめるように指導しております。宜しくご理解下さい。
当院では、医療事故防止のため医療安全管理委員会と職員研修会を定期的に開催しています。当院の医療安全管理体制構築のための基本的な考え方を紹介します。
(1)医療従事者は常に「危機意識」を持ち、業務にあたる。
(2)患者最優先の医療を徹底する。
(3)円滑なコミュニケーションとインフォームドコンセントに配慮する。
(4)医療行為において、確認・再確認を徹底する。(check and sign system)
(5)記録は正確かつ丁寧に記載し、チェックを行う。
(6)医療機関全体で、組織的、系統的な医療安全管理体制を構築する。
(7)情報の共有化を図る。
(8)教育・研修システムを整える。
(9)自己の健康管理と職場のチームワークを図る。
(10)トップ自らが率先して医療事故防止に対する意識改革を行う。